2010年1月 1日

嘘をつくまでのことなのか


ふと書いていて思う事がある。

いろいろと書類ばかり書いているのだが、願書の作成というのはどうしてもこうも嘘ばかりなのかと自分で思う。

いや面接だってそうだ。みんながみんなではないが、ある程度は綺麗に筋書きを作って話す。

その意味は?

就職であれば求められるものが違うが入学になぜ?と。特に個別面接はともかく、集団面接は特に感じる。




正しくは嘘を書くと言うことは本気で行きたいという動機がない証拠なんだろうな。そしてそれを見抜かれ落とされるものなのかもしれない。

ある入学願書は本音で書ける。書けるボキャブラリがいくらでもあるし、いくらでも語れる。それは経験してきたことがたくさんあるからだ。

そういうところに本来は行くべき道なんだろうね。



今回は比較的自由にやるつもり。落とされても、落とされた理由はわからない。面接なんて必ず後悔はする。あーすればよかった、こーすればよかったと。

だけどそれも点数化されてしまっていて自分にはわからない。面接官もいちいち覚えては居ないさ。

あくまで点数化するためだけの作業。であれば基準があり、それに沿うべきなんだよね。

そこに嘘が必要となる。

あーわかんね。


落とされると思うけど、今回は自由にやるよ。ダメならダメでいいよ。



大本命では熱弁語れる自信があるぐらい、熱意を伝えてきたいと思う。ルールに縛られず自由にね。

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